労働相談9:始末書を提出しない従業員への対応
Q 勤務成績が不良で注意しても改善が見られない従業員に対して,けん責処分を行いました。当社の就業規則では,けん責処分は『始末書を提出させて,将来を戒める』と規定されています。しかし,当該従業員は,始末書を提出しないと言っています。始末書を提出しないこと自体を理由として,更に懲戒処分を行うことはできますか?
A 始末書を提出しないことを理由に懲戒処分できるかについては,始末書提出の捉え方により肯定説と否定説両方の考えがあり,裁判例も分かれています。
肯定説は,始末書の提出は業務命令であるため,業務命令違反を理由とした懲戒処分が可能であるという考えです。
肯定した裁判例では,始末書の提出について「必ずしも提出者の内心の自由を侵すことにならない」ことを理由として,「謝罪の意思を含む始末書の提出を業務命令として命ずることも,始末書の不提出を懲戒処分とすることもできる」と判示しています(あけぼのタクシー事件・福岡地裁昭和56年10月7日)。
一方,否定説は,労働契約は労働者の内心まで強制することはできないから,始末書の提出は労働者の任意に委ねられており,始末書不提出を理由として懲戒処分はできないという考えです。
否定した裁判例では,①始末書の提出命令は懲戒処分を実施するために発せられる命令であり,雇用契約に基づく労務提供の場で発せられる命令ではないこと,②労働者の義務は労務提供義務に尽きるもので,使用者から身分的・人格的支配を受けるものでないことの2点を理由として,「始末書の提出は業務上の指示命令に該当しない」(丸住製紙事件・高松高裁昭和46年2月25日)と判示しています。
このように,裁判例では肯定と否定の双方がありますが,どちらかというと否定の裁判例が多いようです。そのため,始末書の提出に対して懲戒処分を行うことは慎重になった方が良いと思われます。
ただ,始末書を提出しなかったことは,『反省がなく,今後同様のことを繰り返すおそれがある』として査定上不利な要素として考慮することも可能です。
そのため,従業員が始末書を提出しない場合,まずは強制に至らない程度で説得を行い,それでも提出しない場合は書面等により提出するよう促します。
それでも提出しない場合,始末書の提出がない旨を記載した書面を従業員に交付して従業員からサインを取得するなどして,不提出に至る経緯や不提出であった事実を会社の側で記録しておく必要があります。
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